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プロ野球記録マニア

プロ野球の記録について追及していくブログ

トリプルスリー その翌年

今回もトリプルスリーについて

 

一人の選手が2度以上、トリプルスリーを達成していない

というのは有名なこと

 

山田選手と柳田選手は2年連続の記録が期待されています

 

トリプルスリーを達成した選手は

翌年は成績を落としていると

聞いたので

 

今回はそれが気になったので調べてみました

 

 

岩本義行(1950年達成 .319 39本塁打 34盗塁)

1951年の成績は

.351 31本塁打 87打点 10盗塁

 

打率、本塁打、打点とも十分な成績ですね

盗塁数は前年と20個以上差があるのかぁ

 

ここで気になったのが打率

この成績でこの年、首位打者でないのです

 

この年の首位打者

大下弘選手(当時、東急)

.3831で当時のシーズン記録を作ったのですね

 

これを破ったのは

喝!の張本さん

1970年に.3834だそうで

 

余談ですが、これを破って今でも日本記録なのが

1986年のランディ・バース氏で.389

イチロー選手も破れませんでしたね

 

続いて

別当薫(1950年達成 .335 43本塁打 34盗塁)

1951年の成績は

.309 16本塁打 67打点 22盗塁

 

打率は3割をクリアしているものの

本塁打は20にも届かず

出場試合数も前年より少なく

打席数も少ないみたいなので

確かに成績を落としたみたいですね

 

 

中西太(1953年達成 .314 36本塁打 36盗塁)

1954年の成績は

.296 31本塁打 82打点 23盗塁

 

これだけ見ると良い成績と言えますね

トリプルスリーの観点からみると

打率3割に届かず

盗塁も減ったのですね

 

ちなみにこの年も本塁打王を取ったみたいです

 

 

蓑田浩二(1983年達成 .312 32本塁打 35盗塁)

1984年の成績は

.280 26本塁打 88打点 5盗塁

 

前年にトリプルスリーを達成した選手としては

たしかに物足りないですね

 

今までの中では一番

成績を落としたって印象ですね

 

ここまでが昭和の達成となります

 

次からは平成の出来事ですが

続きは、次にします

次回は最近の監督達の話ですね