阪神タイガースのシーズン30本塁打達成者一覧
タイガースでのシーズン30本塁打以上を記録した選手のランキングです
打席の項目で無記入は右打者です
順位 | 選手 | 本塁打数 | 打席 | 年 |
---|---|---|---|---|
1 | バース | 54 | 左 | 1985 |
2 | 掛布雅之 | 48 | 左 | 1979 |
3 | バース | 47 | 左 | 1986 |
ブラゼル | 47 | 左 | 2010 | |
5 | 藤村富美男 | 46 | 1949 | |
6 | 田淵幸一 | 45 | 1974 | |
7 | 田淵幸一 | 43 | 1975 | |
8 | ブリーデン | 40 | 1976 | |
掛布雅之 | 40 | 左 | 1985 | |
金本知憲 | 40 | 左 | 2005 | |
11 | 別当薫 | 39 | 1949 | |
藤村富美男 | 39 | 1950 | ||
田淵幸一 | 39 | 1976 | ||
14 | 田淵幸一 | 38 | 1978 | |
フィルダー | 38 | 1989 | ||
アリアス | 38 | 2003 | ||
17 | カークランド | 37 | 左 | 1968 |
田淵幸一 | 37 | 1973 | ||
ブリーデン | 37 | 1977 | ||
掛布雅之 | 37 | 左 | 1984 | |
バース | 37 | 左 | 1987 | |
22 | 掛布雅之 | 35 | 左 | 1982 |
バース | 35 | 左 | 1983 | |
岡田彰布 | 35 | 1985 | ||
25 | 田淵幸一 | 34 | 1972 | |
真弓明信 | 34 | 1985 | ||
金本知憲 | 34 | 左 | 2004 | |
28 | 掛布雅之 | 33 | 左 | 1983 |
29 | 掛布雅之 | 32 | 左 | 1978 |
アリアス | 32 | 2002 | ||
31 | 山内一弘 | 31 | 1964 | |
金本知憲 | 31 | 左 | 2007 |
球団1位は史上最強の助っ人と称されているランディ・バース選手の記録
54本塁打を記録した1985年はセリーグ初の外人選手の本塁打王となり
打率.350 134打点と
打撃三部門で優秀な成績を残し三冠王に輝いた
3位の47本塁打を放った1986年も三冠王となり二年連続三冠王となった
ちなみに同じ1985年と1986年には同時に当時ロッテの落合博満が二年連続で三冠王となっている
1986年に記録したシーズン打率.389は2017年でも日本記録である
日本人の1位は掛布雅之選手
2005年に金本選手が40本塁打を放つまでは日本人左打者唯一のシーズン40本塁打記録であった
掛布さんに抜かれるまで球団日本人記録であったのが
5位の初代ミスタータイガース・藤村富美男が1949年に放った46本塁打
このシーズン46本塁打は当時の日本記録となったうえに
シーズン187安打、142打点も同時に当時の日本記録となる快挙
首位打者は獲得できず三冠王とはなれなかったが
チームは6位だったにも関わらずMVPとなった
6位と7位にランクインしたのは田淵幸一選手
45本塁打を記録した1974年は王さんに4本差で惜しくも本塁打王とななれなかったが
43本塁打を記録した1975年には本塁打王を獲得
これは王さんの14年連続本塁打王を阻止する快挙となった
8位と17位にランクインしているブリーデン選手は
左投げ右打ちと珍しい選手です
赤鬼という異名を持ち
先述の田淵・掛布らと強力打線を組んでいました
1976年と1977年の2年で77本の本塁打を記録
1978年はケガで途中退団、その年は2本塁打で終わってしまった
惜しくもベスト10入りできなかった別当薫選手ですが
39本塁打を放った1949年の翌年1950年には毎日(現在のロッテ)で43本塁打を放ち本塁打王となっています