プロ野球記録室

プロ野球の記録を独自の目線で掘り下げたい

ソフトバンク(ダイエー、南海)で本塁打王を逃した助っ人たち

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2017年のパリーグで一番速く30本塁打を記録したのはソフトバンクデスパイネだった

 

9月6日の時点ではソフトバンクデスパイネ選手と柳田選手、そして昨年の本塁打王である日ハム・レアード選手が29本塁打を記録しており

誰が先に30号を記録するかに注目が行っていた

 

デスパイネ選手は9月8日の時点でリーグ本塁打数トップとなっている

もし、デスパイネ選手が本塁打王となると球団の歴史に新たな記録が生まれるのだ

 

実はソフトバンク(南海、ダイエー)では外国人の本塁打王は誕生したことがない

もちろん楽天を除き他の球団では外国人本塁打王は誕生している

1938年から約80年もプロ野球界に参戦している球団だが外国人本塁打王がいないという珍しい球団である

 今年の本塁打王の行方に注目したい

 

 

さて、球団外国人で本塁打王が惜しかった選手を振り返ってみた

 

最も本塁打王に近かったのは

2003年から2006年まで在籍した

フリオ・ズレータだろう

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1年目の2003年はシーズン途中での入団ということもあり13本塁打だったが

2004年は37本塁打を記録

この年の本塁打王三冠王となった松中選手とセギノール選手の44本

7本差でタイトルを逃した

 

翌年の2005年は43本塁打を記録するも2年連続で本塁打王となった松中選手が46本塁打を記録

3本差でタイトルを逃してしまった

ちなみに、この年のズレータ選手は打率、本塁打、打点の3部門すべてでリーグ2位となり

好成績を残したにもかかわらずタイトルはベストナインのみであった

 

翌年、2006年はリーグ全体の本塁打数が減った年だった

本塁打王となったのは32本塁打を記録した当時日ハムの小笠原選手

本数的には2004年と2005年のズレータ選手の方が打っていたが

この年は29本塁打

またしても3本差でタイトルを逃した

 

このように3年連続で本塁打王に届きそうで届かなかったのである

 

2010年のホセ・オーティズ選手も非常に惜しかった

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開幕から好調を維持し本塁打を量産

8月上旬で24本塁打を記録していたが

8月4日に右膝を負傷

8月の末に復帰はしたものの復帰後の本塁打数は0

この年にタイトルを獲得したのは33本塁打を放ったオリックスのT-岡田選手だった

もし復帰後も少しペースが落ちたとしても本塁打を放ち続ければ十分に届くであろう数字だったために非常に惜しい結果である

 

 

 

2年後にはウィリー・モー・ペーニャ選手もタイトルが惜しかった

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2012年は飛ばないボールが使用されており
投高打低の時代であった

 

結果から言えば本塁打王となったのは西武の中村剛也選手

その本塁打数は27本と1995年以来となる30本塁打以下での本塁打王だった

(1995年の本塁打王ダイエー小久保裕紀の28本)

 

この年のペーニャ選手の本塁打数は21本とボール問題もあるが6本差でタイトルを逃した

 

 

南海時代をみると最も本塁打王に近かったのは

クレランス・ジョーンズ選手だろう

 

日本にいる8年間で246本塁打を記録

1970年から1973年の南海時代は毎年30本以上の本塁打を記録するも

タイトルを取った選手が40本塁打以上を記録したためタイトルは取れなかった

ちなみにジョーンズ選手は近鉄に在籍した1974年と1976年に本塁打王となっている

 

 

ダイエー時代で最もタイトルが惜しかった外国人選手は1991年のマイク・ラガ選手

32本塁打、81打点を記録

その年のチーム最多の記録となったが

本塁打王となったのは西武のデストラーデ選手で39本塁打

7本差でタイトルを逃した