パワプロで見る シーズンニ塁打記録保持者・谷佳知
今回はアマチュア時代にアトランタオリンピックに日本代表に選ばれ、プロ入り後も2004年のアテネオリンピック日本代表に選出された谷佳知選手についてみてみます
大阪商業大学時代は関西六大学リーグで3年秋に三冠王に輝き、社会人時代は三菱自動車岡崎でプレーし新人賞も受賞
1996年のドラフトで2位指名でオリックス・ブルーウェーブに入団
1997年
打率.272 1本塁打 33打点
5月11日の近鉄戦で8番ライトで初出場・初先発
101試合に出場するも規定打席到達ならず
全体的に能力は新人にしては高い
1998年
打率.284 10本塁打 45打点
132試合に出場
この年からレギュラーとして定着
2年連続で3割に達していないがミートはC
10本塁打を記録しパワーもCに上昇
全体的に能力はバランスが取れているが
悪い特殊能力が目立つ
1999年
打率.291 11本塁打 62打点
ベストナインに選出される
24盗塁2盗塁しを記録したため
盗塁の特殊能力が付き、走力も上がった
この年、一塁手として51試合に出場
しかし守備は下がった
2000年
打率.284 9本塁打 73打点
査定が厳しくなったのかミートがDに下がり
肩もCになってしまった
盗塁成功率も前年より低く盗塁の特殊能力もなくなった
2001年
打率.325 13本塁打 79打点
初の3割を記録し打撃面の能力が上がった
この年記録したシーズン52二塁打は2017年になっても破られていない記録
守備はまた下がった
2002年
打率.326 5本塁打 39打点
打率は去年より高いが本塁打は減少
パワーは下がったがアベレージヒッターの特殊能力が付いた
この年、41盗塁で盗塁王を獲得
2003年
打率.350 21本塁打 92打点
打率は.350を記録するも首位打者にはなれなかった
ミートはAになり、21本塁打を記録しパワーも自己最高
この年、最多安打のタイトルを受賞
2004年
打率.317 15本塁打 63打点
前半は左翼手として出場
アテネ五輪に出場したが準決勝で足を負傷
その後、なんとか規定打席に到達し4年連続で3割を記録
シーズン終了後、楽天誕生に伴い
所属チーム名がオリックス・バファローズとなる
2005年
打率.248 6本塁打 36打点
前年の脚の怪我の影響で成績を残せず、能力も下がってしまった
2006年
打率.267 6本塁打 30打点
この年は肘の怪我で2年連続で数年前のような活躍は出来なかった
この年のオフ、トレードで巨人に移籍
2007年
打率.318 10本塁打 53打点
141試合に出場し3割10本塁打を記録
打撃面の能力も全盛期ほどはいかないがバランスが良くなった
しかし守備面は低め
2008年
打率.295 10本塁打 45打点
前半はラミレス・亀井・高橋由伸らとレギュラー争いをしていたが
亀井・由伸がケガで離脱するとスタメンで安定した成績を残した
能力は去年より低め
2009年
打率.331 11本塁打 48打点
規定打席には届かなかったが夏場以降、打撃の調子が良かった
しかしミートはDに下がった
2010年
打率.239 2本塁打 10打点
安定したプレーができず出場試合は84
全体的に能力ダウン
そのためかどうか満塁男の特殊能力がついた
2011年
打率.274 7打点
主に代打として活躍
プロ入り初の0本塁打となってしまった
この年からベテラン選手特有の能力である「いぶし銀」がついた
2012年
打率.258 3本塁打 22打点
他の外野手の負傷や不振によりスタメンでの出場が増えた
昨年よりは成績を残し、能力も少し持ち直した
2013年
打率.250 1打点
ほぼ前半戦のみでの出場に終わった
この年のオフ、古巣のオリックスに移籍
2014年
打率.125
開幕スタメンを果たすも出場試合数は9に終わってしまう
2015年のパワプロはなし
成績は打率.185 3打点だった
この年の終盤に引退を表明
通算安打は1928本で惜しくも2000安打に届かなかった