パワプロで見る パリーグ史上初の沢村賞を複数回受賞した斎藤和巳投手
今回は2000年代始めのソフトバンクを代表するエース
斎藤和巳投手についてみてみます
闘志あふれる投球で数々のタイトルを受賞
選手生命は短かったが平成を代表するエース投手ではないでしょうか
小学生や中学生の時は強肩をいかし捕手としても活躍
1995年にドラフト1位でダイエーホークスに入団
2000年
防御率4.13 5勝2負
22試合に登板しプロ初勝利をあげるなど5勝を記録
球速は速いのだが与四球が多くコントロールも悪い
2001年
防御率4.43 0勝1負
右肩痛で離脱し7試合のみの登板で終わる
決定版には登場せず、能力は開幕版のもので
昨年と全く変化なし
2002年
防御率2.94 4勝1負
10試合のみの登板となったが防御率は3点台以下
変化球以外の能力はそこそこ良くなっている
この年だけ下への変化球がチェンジアップ
2003年
防御率2.83 20勝3負
当時の日本記録となる16連勝を記録するなどチームのリーグ優勝・日本一に貢献し
エースとして堂々の成績を残し能力が大幅アップ
しかし与四球が多めであった
2004年
防御率6.26 10勝7負
不調により前年程の成績を残せず能力は大幅ダウン
悪い特殊能力も多いがスタミナはAとなっている
2005年
防御率2.92 16勝1負
開幕15連勝を記録
その後は1勝しか挙げられなかったが勝ち運の特殊能力付き
2年前に次ぐ活躍をし能力は2年前よりも高い
スライダーが復活
2006年
防御率1.75 18勝5負
前半はあまり調子は良くなかったが
交流戦以降は調子を上げ終わってみれば
最優秀防御率、最多勝、最高勝率、最多奪三振と先発投手のタイトルを全部獲得し
能力もこの年が最高である
昨年とはスライダーとカーブのレベルが逆となっている
2007年
防御率2.74 6勝3負
右肩の調子が良くなく12試合に登板したのみに終わり能力が下がる
しかしフォークのレベルが高い
これ以降、1軍での登板がなくパワプロには登場していない
リハビリを続けたが1軍復帰とはならず2013年に退団し、現役を引退
2003年に20勝を挙げたりしたがプロ通算11年で79勝と100勝には届かなかった